マツダ(株)の米国子会社、
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マツダ(株)は、米国の子会社であるマツダ・ノースアメリカン・オペレーションズ(MNAO)の社長に、チャールズ R. ヒューズ氏が10月1日付けで就任すると発表した。
ヒューズ氏は、現社長のリチャード N. ビーティー氏の後任として社長に就任する。ビーティー氏は、8月31日付けでフォード自動車に帰任し、インベスターリレーションズ担当副社長に就任する。 ヒューズ氏は、現在メリーランド州で経営コンサルタントをしており、1986年から1999年まで、北米ランドローバー社の社長兼CEOとして、ランドローバーの販売・マーケティングを担当していた。 マツダのフィールズ社長は、「ヒューズ氏は、自動車ビジネス、とりわけ輸入車ビジネスについて造詣が深く、マツダへ大きな貢献をしてくれると思う。また彼は、販売、マーケティング、宣伝について幅広い経験を持っており、ブランド力強化への手腕も高く評価されている。更に、販売店の指導育成においても経験豊かである」と、ヒューズ氏の今後の活躍を期待している。 ヒューズ氏は、ニューヨーク州出身で、1967年から4年間GMに務め、販売領域を幅広く担当した。1973年には、アメリカンモータースで、コーポレート・マーケティング・プランナーを務めた。1976年にニューヨークの広告代理店、ドイルデーンバーンバックのアカウント・スーパーバイザーに就任し、フォルクスワーゲン、ポルシェ、アウディブランドのマーケティング、宣伝戦略などを担当した。 1978年には、自動車ビジネスに復帰し、フィアットでランチア、フェラーリの宣伝、販売促進、セールストレーニングなどを担当した。 1979年には、北米フォルクスワーゲン社でポルシェ・アウディディビジョンマーケティング責任者を務め、1982年にはフォルクスワーゲンディビジョンに移り、マーケティングの責任者を務めた後、地区担当マネージャーとして中部大西洋の四カ国を担当した。 1986年には、北米ランドローバー社に移り、米国から1974年に撤退していたランドローバーの販売網を再構築した。また、「ランドローバー・センター」というコンセプトにより、ランドローバーのブランドを末端まで浸透させた。その後、1999年半ばにインターネット関連などのコンサルタントになるためにランドローバー社を退社した。 ヒューズ氏は、ラファイエット大学イートン校の学士号とロチェスターのサイモン ビジネススクールのMBAを取得している。 |